【無罪判決】メディアはほとんど報じない「心神喪失で無罪」の真実【医療観察】

勉強報告・雑談

こんにちは、わみです!

皆さんは「心神喪失で無罪」というニュース、見たことはありませんか?

このような判決は被害が大きいような事件でも出され、無罪というインパクトも大きいので大々的に報じられることも多いです

一方で、このような無罪判決で確定した場合の被告人がその後どうなるかについて、無罪判決の報道と同程度の規模感で報じられることはほとんどありません

そのため、被告人が無罪放免でそのまま自由の身になると思っている人も多いのではないのでしょうか?

しかし、実際には必ずしもそうではありません

どういうことでしょうか

今回は、このテーマでお話をしていきたいと思います



「心神喪失で無罪」でも自由の身ではない「医療観察制度」

被告人の無罪判決が確定されているにも関わらず、必ずしも自由の身ではないとはどういうことか

それは「医療観察」という制度によって裁判所によって入院を命じられることがある、ということです

刑務所にこそ入れられないけど強制的に入院させられることがあるので、自由に生活させてもらえないということですね

この医療観察制度について定めた「医療観察法」(※)の対象とされている人は、

  • 心神喪失または心神耗弱の状態(ここでは厳密な意味の話をしたいわけではないので超ざっくりで説明すると、正常な判断ができなかったり、自分をコントロールすることが難しかったりする状態)で、
  • 殺人や放火などの一定の重大な行為を行い、
  • 実刑を免れた

人です(※正式名称は「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」)

そのため、「心神喪失で無罪」となった人以外も含まれるのですが、厚労省のサイトの統計を見てみると、

この制度で裁判所の判断が下された人の大半(記事を書いている時点の統計データだと約7割)が入院を命じられていることがわかります

そして、どういった結論を出すか判断をするための鑑定の期間も、原則入院を命じられることになっています

つまり、心神喪失・心神耗弱として刑罰を免れた人は必ずしもすぐに自由の身で社会に出てくるわけではないんですね

(↑ここが一番伝えたいところ↑)



医療観察法の目的

このような制度が定められている目的についても少し触れておくと、

医療観察法1条1項の規定から、

  • 心神喪失等の病状の改善及びこれに伴う同様の行為の再発の防止
  • 上記の改善・防止による社会復帰の促進

が目的であることがわかります

ざっくりではありますが、

「判断能力がなかったり自分をコントロールできないのであれば反省っていう思考もできないだろうし、

刑期を終えて刑務所から出てきてもまた同じようなことをして危ないかもしれないから、

刑罰じゃなくて治療を命じて判断能力や自分をコントロールする能力を備えさせよう

そして、そういう能力を備えさせて社会復帰をしてもらおう(セーフティネットのお世話になり続けたり、犯罪で生計を立てたりするのではなく、自力で生活できるようになってもらおう)」

という考えには合理性もあるのではないでしょうか



終わりに

以上、「『心神喪失で無罪』でも自由の身ではない『医療観察制度』」、「医療観察法の目的」という見出しで話をしましたが、

このような話をして、心神喪失・心神耗弱という考え方や医療観察制度への批判を封殺したいわけではありません

民主主義のもとでは、法制度は国民から厳しい目を向けられて然るべきとも言い得ます

ただ、今回のテーマのように、あまりメディアでも取り上げられないこととも相まって、

無理解や勘違いによる批判があることもまた事実です(当然、真っ当な批判もあります)

相応の知識を身につけなければ適切な「厳しい目」を向けることもできないでしょう

今回は「『心神喪失で無罪』でも必ずしも自由の身ではない」ということをメインに伝えたい記事だったので言及できませんでしたが、

例えば、刑罰も必要だろうと批判したい場合は、刑法の理解(「刑罰理論」や「責任能力」などの理解)も必要になってくるでしょう

ある法制度を見て「それってどうなの?」と思ったときは、良い機会だと思いますので、

ぜひ法制度の建て付けや目的、経緯などを調べてみてほしいです

それでもなお「やっぱり、それってどうなの?」と思うのであれば、

その視線はより適切な「厳しい目」になっていると思います

〈医療観察制度の勉強の参考になると思われるリンク〉

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